進藤冬華の滞在日記
私は何をやっているのかわからなくなってくる
2020年11月9日

このプログラムでは地域の人々との交流をするということが一つこの方向性だ。コロナの影響により、直接的な交流は控えることになったが地域の人へ向けた何かというところは変わらない。だからそういうことを念頭に自分ができることを考えて鯨ヶ丘にやって来た。

私は、何度かこのことについて書いてきたが、やっていることの一つは変装して、ちょっと変な人としてこの丘の上に滞在するということだ。これをやろうと思ったのは、街に新しい人が暮らすことや、馴染みのない人が訪れることのシュミレーションのようなことを街に対して仕掛けたかったからだ。はじめ、下見でここを訪れた時、街は世代交代をして新しくなっていこうとしていると思った。でも実際鯨ヶ丘に滞在してみて、しばらくするとそう望んでいるのは誰なのかわからなくなってきている。行政のプログラムに私は参加しているのだから、少なくとも行政はそれを促進したいと思っているのだろう。でも、街の人々は本当にここが新しくなっていくことを「単純に」望んでいるのかどうかよくわからない。

そう考えると、私が最初に目論んでいたこと(「街の人々にむけて」新しい人が入ってくることのシュミレーション)をやる意味もなんだかぼやけてくる。私は、ただ一ヶ月間ここにいて人々の暮らしを邪魔しているだけなのかもしれない。(いや、実際そういう側面があることを私自身もっと肝に銘じるべきだ)

ここは古い倉や民家、商店もあって、眺めも良く、私から見ると魅力的な場所だ。街の商店街の人と話してみると、百年、二百年代々ここで暮らしてきたというはなしをよく聞く。そして、そのあとを継ぐ人はいないという話も。街は空き家も正直多いし、空き地がいっぱいあるのも家を壊した跡だと思う。だから、新しい人が入り世代交代しながら活性化して行くことが街にとって必然のように見える。でも、しばらく過ごしてみて何百年も続き色々なことが蓄積されているこの街は、そう簡単に何かを変えるってことにはならない切実な事情もあるんだなあと思うようになった。この状況や暮らしている人々のことを考えると正直胸が痛む。人々の健やかな暮らし、健やかな環境ってどんな感じなんだろう。ここで私にできることはないけれど、そう思わずにはいられない。

地域でアートプロジェクトをやるときこうした、行政側の目論見と地域の人々の希望の違いや温度差があったり、そこに事情を知らずに短期間だけ入るアーティストとプロジェクト事務局のチグハグさ、みないなことはこれまでにも色々な地域で起こっているのだろう。今回このプログラムに参加してみて、なんとなくそういうことを感じている。それぞれが丁寧に誠実に現場に向き合うことしか、私が現状思いつくできる事はないんだけど。


日々変装して街を歩き回っている。一方で、丘にある細かな路地を調べている。(路地を調べる時はいつも変装しているわけではない)