オル太の制作日記
便りはじめる
2021年2月10日

茨城に滞在ができなくなっているこの状況で、直接、会わずに交流をすることになった。zoom、メッセンジャー、電子メール、方法はいくつかあるが、手紙でのやりとりに決まり、今回の県北のテーマでもある「便り」を紡ぎながらリサーチと制作を深めていく。

手紙のお相手は、日立郷土芸能保存会の会長である水庭久勝さんだ。日立郷土芸能保存会は、元は宮田風流物保存会という名称で昭和二十九年、戦災によって止まっていた風流物を復興する時期に結成されたそうだ。日立風流物について話を聞きたく手紙をやりとりしている。日立へ赴き水庭さんに直接教えてもらえたら、言葉で説明しづらいであろうことも、実際に人形や写真、資料がその場にあれば容易いかもしれない。けれど、手紙は手紙でじっくり何度も読み返すことができるし、文章から伝わる丁寧さは、会って聞くのとは違った良さがある。

一通目の手紙を送り、そのお返事を頂いた。いくつかこちらからした質問に、説明を書いてくださった。風流物の継承、人形、山車についてだ。手紙で教えて頂いたお話は、その歴史や概要だけでなく、風流物に参加する方々にしか知られていないような、細かな事も丁寧に書かれていた。

・日立風流物は三百年前頃からあるけれど、山車がどんなものだったのかははっきりしていない。村人がいろいろ考えて、今の形に変わっていったらしい。

・山車に乗るからくり人形は、祭りの度に作り変える。人形の持つ刀、槍などの道具を持つ人形の手は、それぞれ違った形をしているそうだ。その道具を使う動きに合うように、肩や腕、手、指といったものを動くように作る。そして、たくさん張られた糸で動かす。

・人形は表山、裏山にそれぞれ14、5体づつ、山車に乗る人は、作者(人形を動かす人)と鳴物で約四、五十人、それに山車を動かす屋形係を加えて総勢約百二、三十人によって風流物が公開される。

興味のそそられる事柄がいくつも書かれていた。今後続く手紙も楽しみだ。

(川村)