オル太の制作日記
筆を置きますか?
2021年3月8日

今回のオンラインゲームはダウンロード形式になりそう。作者と離れたところでプレイしてもらう試みは初めてだ。内容は最初のプランとは一転しコマンド選択式シュミレーションゲームといったところだろうか。そして現地の方とのプレイができる日が作れそうな可能性が出てきたが緊急事態宣言の塩梅もありまだわからない。今までのボードゲーム形式とは異なり、ストーリー性と画面展開が出てきたので絵コンテを描いた。

ゲーム画面の風景について考える。風流物を置く風景を360度カメラで撮りたいが現地に行けない。東京での撮影をするか。オル太のアトリエの周辺?渋谷のスクランブル交差点?やはり現地にて撮影をするべきか。
プレーヤーに答えを選択させる為の質問を書こう。水庭さん、大畑さんより頂いた便り、資料がキーになってくる。大畑さんに送った最後(?)の便りの返信がギリギリで、きいてくるかもしれない。

毎回違うエンディングにするには。ここのウインドウにイラストをはめ込んで。プレーヤに関節を入れて。キーボード入力で。筆を置きますか。

今までの『TRANSMISSION PANG PANG』には無い会話が交わされている。
(斉藤)

手紙ー日立鉱山
2021年3月2日

郷土の昔話のストーリーテラーであり、『NPO法人共楽館を考える集い』の副代表理事でいらっしゃる大畑美智子さんに風流物、祭りを続ける日立の人々と、日立鉱山の労働や暮らし、そこにある物語に関心があり、手紙を送った。

大畑さんからのお返事は、日立鉱山の歴史を軸に様々なことが書かれ、山中友子や共楽館、日立の労働者の歌などについての記述や資料も同封されていた。

日立鉱山は、久原房之助と大橋真六が1905年に赤沢銅山を買収し、翌年に堅抗の開削に着手し採鉱作業が始まった。山中友子とは坑夫の技術継承の親分・兄貴分との血盟のちぎりである。三年三月十日(鉱山に三年、親方に三ヶ月、兄貴分に十日)の修行を終えると、友子取立免状をもらうことができる。この取立て式では、隣山からの立会人の前で昔は血をすすりあったり、しょっぱい酒を飲んだりしたらしい。友子制度は江戸時代からあった。山師は野武士と同等の扱いで、鉱山内のことは役人支配から外れた一種の治外法権であったことも知った。各地から労働者が集まるが、彼らは飯場と言われる鉱夫の募集、作業の請負から日常生活の管理までを担う場所が窓口となる。

日立風流物はかつて、宮田風流物と呼ばれ、日立鉱山と日立製作所が飛躍すると同時期に日立風流物も大型化し、農村から日立へ移った労働者たちが故郷を思い、国道を埋める程賑わった。他の地域の農村にも同じような芸能はあったが、近代産業が栄えた宮田風流物だけが今に残っている。また、この発展と共に一山一家の日鉱スピリッツが芽生えていったらしいのだが、その結束力や坑夫の日立への移動には、友子制度が関係しているようだった。友子制度は技術継承や危険と背中あわせの労働の中で、相互扶助をする制度だ。鉱山を渡り歩く友子も多くいて、日立鉱山だけでない例えば久原の前任地の秋田県小坂鉱山など、山を超えての坑夫達の結束があったのだろう。

友子や坑夫の移動や、結束について、もう少し深く知っていきたい。

(川村)

日立風流物3Dモデルの制作
2021年2月16日

『TRANSMISSION PANG PANG』をオンラインで行うゲームの制作が具体的に動き出した。
新型コロナ感染者が急増している中、日立の人々と直接集まって祭りのゲームをする事は難しくなってしまったが、そういった状況だからこそ、現代における祭りや、風習の伝承、伝達のあり方を考えてきた『TRANSMISSION PANG PANG』として、オンラインで行うのは、必然の様にも感じる。

水庭さんとの手紙のやりとりの中で、日立風流物について教えていただき、その内容や、説明の為に東京に送付してくれた日立風流物パンフレットをもとにゲームのフィールドとなる日立風流物を3Dモデルで作ってみた。

土台は旋回しやすい様に柱が微妙に反り返っていたり、組み立てしやすい様な加工が木材に施されていたり、モデルを作る事で初めて気づく。また、車輪と下土台はどう固定されているのか、カグラサンのハンドルはいくつあり、表山とどう連動して動くのかなど、知りたいことがどんどん増えていく。


3Dモデルに早速、マスを配置しながら、ゲームの構造をシミュレーションして探っていく。

(長谷川)

便りはじめる
2021年2月10日

茨城に滞在ができなくなっているこの状況で、直接、会わずに交流をすることになった。zoom、メッセンジャー、電子メール、方法はいくつかあるが、手紙でのやりとりに決まり、今回の県北のテーマでもある「便り」を紡ぎながらリサーチと制作を深めていく。

手紙のお相手は、日立郷土芸能保存会の会長である水庭久勝さんだ。日立郷土芸能保存会は、元は宮田風流物保存会という名称で昭和二十九年、戦災によって止まっていた風流物を復興する時期に結成されたそうだ。日立風流物について話を聞きたく手紙をやりとりしている。日立へ赴き水庭さんに直接教えてもらえたら、言葉で説明しづらいであろうことも、実際に人形や写真、資料がその場にあれば容易いかもしれない。けれど、手紙は手紙でじっくり何度も読み返すことができるし、文章から伝わる丁寧さは、会って聞くのとは違った良さがある。

一通目の手紙を送り、そのお返事を頂いた。いくつかこちらからした質問に、説明を書いてくださった。風流物の継承、人形、山車についてだ。手紙で教えて頂いたお話は、その歴史や概要だけでなく、風流物に参加する方々にしか知られていないような、細かな事も丁寧に書かれていた。

・日立風流物は三百年前頃からあるけれど、山車がどんなものだったのかははっきりしていない。村人がいろいろ考えて、今の形に変わっていったらしい。

・山車に乗るからくり人形は、祭りの度に作り変える。人形の持つ刀、槍などの道具を持つ人形の手は、それぞれ違った形をしているそうだ。その道具を使う動きに合うように、肩や腕、手、指といったものを動くように作る。そして、たくさん張られた糸で動かす。

・人形は表山、裏山にそれぞれ14、5体づつ、山車に乗る人は、作者(人形を動かす人)と鳴物で約四、五十人、それに山車を動かす屋形係を加えて総勢約百二、三十人によって風流物が公開される。

興味のそそられる事柄がいくつも書かれていた。今後続く手紙も楽しみだ。

(川村)

東京より
2021年2月3日

ここに日記のようなものを書いていく。

今回のレジデンスでは2017年から続けている『TRANSMISSION PANG PANG』というプロジェクトを元に進めていこうと思う。

https://olta.jp/works/trapangー2017/

とは言ったものの、コロナ渦で茨城での滞在ができなくなった。

現地の人に実際会って話をしたりできないので、今回の県北のテーマである「便り」が重要になってきそうだ。

茨城県日立市で行われている日立風流物を中心にリサーチしている。

日立でその土地の風習をテーマにボードゲームを作って現地の人とプレイをする予定だったがそれは断念した。

最後のアウトプットはオンライン上で参加できるゲームにするのはどうか。

以前描いた日立での展示プランのドローイングを見返す。

展示会場の俯瞰図なのだが、このままボードゲームのデザインに使えなくもないか。

写真中央上:裏山。山車の背には裏山といって絶壁になっている。勧善懲悪の物語が演じられる事が多い。※鬼退治をする。成功すれば五コマ進み失敗すれば五コマ戻る。

左上:からくり人形。実際は反対の半身に頭がもう一つ付いている。紐を引くことで役が早変わりする。※紐を選び引くと指示が書いてある。

左下:町会の旗。※アバターに旗を一本持たせる事ができる。ゴールまで持ち続ける。

中央下:龍。※一気にコマを進める事ができる。首を回し、向いた方角でコマ数が変わる。

右:船。※島流し。山車の飾りを没収される。ふりだしへ戻る。

と言った具合だろうか。

(斉藤)

只今、準備中です!
2020年10月8日